2012年に全米を震撼させた「マイアミゾンビ事件」。
人間がゾンビとなって他の人間を食べた?と言われるこの事件について、当記事ではその衝撃的な真相をご紹介します。
目次
事件概要
2012年5月26日、事件はフロリダ州マイアミにあるマッカーサー・コーズウェイで発生しました。
マイアミ市街からビーチに向かうフリーウェイの脇道で、全裸の若い男性がたまたまそこに居合わせたホームレスの老人に襲いかかり、その顔面の約75%を嚙みちぎったという猟奇的な内容です。
現場を目撃した住民が警察に通報しましたが、男性は駆け付けた警察官の制止を無視し、約18分間も老人の顔面に噛みつき続けたのです。
やむなく発砲した警察官の銃弾を受けても男性は襲撃を止めようとせず、結果的に容疑者射殺というかたちでようやく事件の幕は降りました。
犯行の一部始終は付近の防犯カメラにおさめられており、この映像は事件後にインターネット上で拡散され「マイアミゾンビ事件」として世界に衝撃を与えました。
犯人がゾンビ化した原因
加害者である若い男性の名はルディ・ユージーン(Rudy Eugene)年齢は31歳。
ハイチからの移民2世で両親は幼い頃に離婚し、母親に育てられました。
高校生の頃はアメリカンフットボールの選手として活躍していましたが、卒業後は転職を繰り返す不安定な生活を送っていたようですが、ユージーンは敬虔なクリスチャンで、周囲からも温厚で魅力的な人物と評価されていました。
その一方、ユージーンは2005年に結婚しましたが、家庭内暴力が原因で結婚生活は2年で終了しました。
元妻によれば、ユージーンは大麻の常習者であり、使用中は常に強い被害妄想と強迫観念に囚われていたといいます。
ユージーンには過去にも、母親への暴力をはじめとする数回の逮捕歴がありました。
ふだんの温厚な顔と薬物と暴力に溺れる顔という二面性を持つ、精神的にも不安定な人物であったといえるでしょう。
警察は当初、ユージーンは犯行時にもコカインやヘロインなどのドラッグを過剰摂取していたのではないかと疑っていました。
フロリダの炎天下とはいえ、犯行現場までの道のりで衣服を脱ぎ捨て、最終的には全裸で歩いていたことから、当時ユージーンの体温はかなり上昇していたと推測できます。
こうした体温の異常な上昇と犯行の異常行動は、精神刺激薬精神病による症状と一致しています。
危険ドラッグ「バスソルト」の使用疑惑
さらにこの頃マイアミでは「バスソルト」と呼ばれる脱法ドラッグが流行していたこともあって、当初警察は犯行の原因はこの「バスソルト」を使用したためと結論づけました。
2000年代初頭のアメリカでは、バスソルトは「アイボリーウェーブ」「バニラスカイ」「ホワイトライトニング」などの商品名で売られており、コンビニ、ガソリンスタンド、ヘッドショップ(薬物・嗜好品全般を扱う店)等で合法的に購入することができました。
一つあたり18ドル~40ドルと安価で、おしゃれなパッケージと手頃さから気軽に手を出してしまう人も少なくありませんでした。
バスソルトはカートという植物の成分であるカチノンを人工的に合成した精神刺激薬です。
中国近辺で製造されていて、実際にはどんな化学物質が合成されているかは定かではありません。
合成カチノンが人間の脳と身体にどのような影響を及ぼすのかはほとんど解明されていません。
しかし合成カチノンは天然由来のものより効果が高く非常に危険です。
バスソルトに含まれるMDPVという合成カチノンは、アンフェタミンやコカイン、MDMAと同様の化学的効果をもたらし、その作用はコカインの10倍も強力であることが研究によって判明しています。
バスソルトを摂取すると、覚醒作用とともに心身に次のような影響を及ぼします。
精神に及ぼす影響としては被害妄想、幻覚、親近感の増大、性的衝動の増大、パニック発作、精神錯乱(極端な攻撃性)などがあげられます。
そして身体には体温の上昇、心拍数、血圧の上昇、骨格筋組織の損傷、腎不全などをもたらします。
ユージーンには犯行時、体温上昇・精神錯乱などバスソルトを摂取した時とよく似た症状が認められたため、警察はこの事件がバスソルトの使用による凶行であると断定しました。
司法解剖で明らかになった事実
ところが、その後ユージーンの司法解剖が行われた結果、体内から大量の錠剤が見つかったものの、薬物として検出されたのは大麻の成分だけでした。
コカイン・LSD・ヘロイン・合成マリファナといった薬物成分や、その他アルコールや処方箋薬、麻薬用混合物なども確認されなかったのです。
一般的に大麻は「他のドラッグよりも依存性も危険性も低い」というイメージを持たれています。
また医療行為のために使用されることもあり、最近、日本でも医療用大麻を解禁する方向で検討が進められているニュースも報道されています。
しかしながら、大麻が人体にとって全く無害だというわけではありません。摂取の仕方によって健康への影響は大きく異なります。
大麻を摂取した際の人体への影響は、幻覚・幻聴や知覚の変化、学習能力の低下、ふらつき、意識障害などがあげられます。
使用時は気分が高揚し、良く喋るようになり、五感に変化が生じたり、過去・現在・未来の観念が混乱して、思考が分裂し、感情が不安定になったりします。
その為、興奮状態に陥って、暴力的、挑発的な行為に及ぶ場合もあります。
また、大麻草の品種改良の結果として、大麻の薬物効果は強力になってきており、1970年代のものから比較すると約30倍にもなるという報告があります。
一般的に考えれば、大麻の影響だけが原因でユージーンがここまでの凶暴な行為に及ぶことはあり得ないと思われるでしょう。
しかしながら、ユージーンが所持していた大麻がかつてのものよりも強力なものであり、彼の当時の体調と相互に作用した結果、何らかの劇的な反応が起こったという可能性も完全には否定できないのではないでしょうか。
被害者は一命をとりとめる
一方、事件の被害者であるロナルド・ポッポ(Ronald Poppo)氏は、ユージーンに顔の75%を噛みちぎられ、眼球も抉られて失神した状態でジャクソン記念病院に搬送されました。
なんとか一命をとりとめ、2週間後には歩けるようになりましたが、このときのジャクソン記念病院の医師の話によると、顔面のほとんどがかさぶたで覆われ、左目は摘出、右目の視力も回復するかどうかは不明な状態だったようです。
また、鼻は欠け、交通事故の被害者が負うような脳の破損もあり、この先幾度かの皮膚移植を施されるとして、どの程度まで容貌が回復するかは依然不明ということでした。
さらには、ポッポ氏の胸部にはユージーンに向けられた銃弾が当たったとみられる傷が2か所あることも判明するなど、その姿は改めて世界に衝撃を与えました。
ポッポ氏がホームレスだったことと、長期に渡って身体的・精神的治療が必要となることから、非営利組織であるジャクソン記念財団はポッポ氏のための治療基金「Designate to Mr.Ronald Poppo」を設立し、基金額は10万ドルにも昇りました。
また、ポッポ氏はメディケイド(アメリカの低所得者向け医療支援プログラム)の資金提供を受け、無期限で医療施設に留まることを許可されています。
現在ではポッポ氏の治療はほぼ完了しているようです。両目の視力は残念ながら戻りませんでしたが、何度かの皮膚移植手術を経て顔面の傷もかなり回復しました。
ジャクソン・ヘルスシステムのYouTubeでは元気にギターを弾くポッポ氏の姿をみることができます。
類似事件も発生
「マイアミゾンビ」事件と同じ時期に、何件もの類似事件が起こっています。
いずれも合成ドラッグの影響下による可能性が高く、噛みつくといった異常な攻撃性と何度反撃されてゾンビのように立ち向かい無敵化するのが特徴です。
ここでは3件の事件をご紹介していきます。
19歳男が夫婦殺害、顔の肉を喰いちぎる
事件は2012年の8月15日、フロリダ州のテケスタで起こりました。マイアミの北に位置するテケスタの民家の私道で、若い男性が見ず知らずの50代夫婦を刃物で殺害し、さらに死亡した男性の顔を喰いちぎっていたのです。
通報を受けて現場に到着した警察官が目にしたのは、フロリダ州立大学に通う学生オースティン・ハールフが、ゾンビのように唸り、うめき声を上げながら、歯で犠牲者の顔面を喰いちぎっている猟奇的な場面でした。
ハールフは夫婦を殺害したのち、夫婦を助けようとした隣人にも襲いかかりました。
警察によると、犯人であるハールフは「バスソルト」「フラッカ」「グラベル」などの呼び名で知られる合成ドラッグの影響下にあったとのことです。
警察官たちは数人がかりで彼を押さえつけ、警察犬とスタンガンを用いて、やっとのことで犠牲者の男性に噛みつき続けるハールフを制止しました。
ゾンビ化した男が同居人の愛犬を嚙み殺す
また、マイアミゾンビ事件の約3週間後、6月14日にもテキサス州でも別の事件が起こっています。
テキサス州ウェイコで通報を受けた警察官は衝撃的な光景を目のあたりにします。
そこには血だらけの男がいて、毛皮のようなものが膝の上にあったのです。
男の名前はマイケル・ダニエル。
同居人の話によると合成ドラッグを摂取した後に暴れだし、最初はダニエルの家にいた別の男性に暴行し、隣人が止めに入ると、犬のように吠え唸り始めたのです。
ダニエルは隣人を追いかけ、外へ走り出しましたが、すぐに帰宅。
今度は同居人の愛犬であるスパニエル・ミックスを床に叩きつけ、首を絞めて殺害してしまいました。
ダニエルもまたユージーン同様、警察が現場に到着するまで、ゾンビのように殺害した犬を喰いちぎり続けていたのです。
「お前らを食べるぞ!」ゴルフ場で暴れる
さらに同年7月2日、今度はジョージア州のゴルフ場で上半身裸の若い男性がゴルフクラブを振り回し暴れていると警察に通報がありました。
青年の名はカール・ラベンチャー、21歳。ゴルフ場にいた客たちに支離滅裂なことを喚き、暴れているところを警察に捕らえられました。
その時すでにラベンチャーは、警官から何度もスタンガンによる攻撃を受けていたといいます。
警察の話によると、最初に催涙スプレーをラベンチャーに吹きかけても、ビクともせずに向かってきたので、防御のためにスタンガンで応戦したようです。
その後ラベンチャー捕獲には成功しましたが、それでも彼は立ち向かおうとしたので、更にスタンガンを5発撃たなければならない状況でした。
何人もの警察官によってようやく取り押さえられたラベンチャーは、病院へ搬送されるまで「お前らを食べてやる!」とわけのわからない言葉を喚きつづけました。
落ち着いてはまたゾンビのように起き上がっては暴れ始めたため、最終的にスタンガンを計14発撃ち込まれたのです。
警察はラベンチャーもまた「バスソルト」の影響下にあったと可能性が高いと示唆しています。
以上のように2012年に同様の事件が多発したため、アメリカのネット社会ではこの状況を揶揄してゾンビアポカリプス(zombie apocalypse=ゾンビによる世界の終末)がやってきたなどと言われました。
実際のところいわゆるゾンビは存在せず、すべて薬物を摂取した人間による犯行だったわけですが、この事実はある意味ゾンビよりも恐ろしいとも言えるのではないでしょうか。
ゾンビ化の薬物は日本にも入ってきているのか
このように全米を震撼させたバスソルトですが、これに類似した脱法ドラッグは、実は日本でも「フラッカ」という名前で密かに流通していました。
日本円にして370円程の安価で、当時は規制の対象外であったため、脱法ドラッグとしてセレクトショップや雑貨屋、インターネット等で販売されていました。
フラッカとはスペイン語で「美しい女性」を意味し、中枢神経に強い興奮作用をもたらす「α‐PVP」を主成分とするドラッグです。
アメリカ全土で急速に蔓延し、安価で幻覚作用の持続時間が長く、かつ非常に中毒性が高いことから、専門家もコカインよりも危険だとして警鐘を鳴らしていました。
大半のフラッカは中国の会社から「研究用化学物質」として空輸され、アメリカの受け取り先に送付されます。
その後ネットや、路上などで密売人に販売されていました。
フラッカを摂取すると体温が40度以上に上昇し、幻覚症状等が3日以上、常習者だと2週間も続くそうです。
極度の興奮状態から痛みや恐れを感じなくなり、スタンガンが効かない、車に轢かれても何事もなかったように立ち上がる、銃で撃たれても動じない……と致命傷を受けない限りは暴力行為をやめない姿はまさにゾンビのようです。
アメリカでは幻覚症状による暴力行為、摂取者による死亡事故が多発しため、2014年麻薬取締局によってスケジュール1に指定され、取締が強化されました(スケジュールとはアメリカでの薬物分類のレベル。1から5まであり、スケジュール1は最も危険とされるレベルです)。
日本でも脱法ドラッグとして「α―PVP」を含む商品が実際に販売されていました。
事件としては2013年に静岡大学の准教授が公園で「α―PVP」を含む液体を吸引しているところを通報され、麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕されています。
また岐阜県警では、合法ハーブとうたわれた商品に「α―PVP」が含まれていたことを報告しています。
これらの商品のさらに恐ろしい点は、ゾンビ化するほどの化学成分の強力さにくわえて、製造方法が非常に粗雑だということです。
専門知識を持ち合わせない売人などがハーブや茶葉の乾燥した植物に化学合成された精神活性の高い薬物を混ぜ込んで作られるため、成分配合やその生成工程も曖昧で、何が主成分かも定かではありません。
このようにかつて合成ドラッグ、脱法ハーブとして手軽に入手できたものは、2013年厚生労働省によって「危険ドラッグ」として法的な取締が強化されていきました。
依存症対策センターのデータによれば、2014年にピークを迎えた危険ドラッグの使用者数も今ではかなり減少しています。
まとめ
マイアミ・ゾンビ事件は、人間がゾンビ化したものではなく、薬物による精神錯乱によって引き起こされた事件でした。
かつて流行した脱法ハーブ合法ドラッグも実際のところは、天然由来のものではなく、化学合成された危険なドラッグでした。
現在日本ではほとんど流通されていない危険ドラッグですが、アンダーグラウンドでは、秘密裏に売買されているかもしれません。
日本でもマイアミゾンビ事件が起こる可能性は否めません。
薬物に手を出さない事はもちろん、流通している癒し系の商品もハーブだから安心、天然由来だから大丈夫、と鵜呑みにせずしっかりとした安全確認も必要です。
薬物の脅威は、皆さん一般市民にも忍びよっていることをお忘れなく。