今回はポヴェリア島について紹介します。
この島は水の都とも呼ばれるヴェネツィアからさほど離れていない場所にあります。
現在では無人島となっていますが、「世界で一番幽霊が見える場所」として有名になりました。
その背景には島で起こった数々の歴史が関係しています。
色々な都市伝説もあるようで、中には幽霊に取り憑かれたという人も。
そんなポヴェリア島についてと心霊スポットとして有名になった背景を調べてみました。
目次
イタリア東北部にあるポヴェリア島とは?
ポヴェリア島はポヴェーリアとも呼ばれ、イタリア・ヴェネツィアの潟にある島の一つです。
この潟は砂州により出来たものを、15~16世紀に人々によって干潟にする努力がなされました。
ヴェネツィア本島の南、リード島の内側に位置します。
面積は0.07平方キロメートルで幕張メッセと同じくらいです。
元々はヴェネト州の一部の人が侵略を逃れてこの地に住んでいました。
ヴェネツィア共和国時代には発展し、人口が増えていたものの後に戦争により要塞を築かれます。
そうして住民は移住し、無人島となりました。
その後、1776年にヴェネツィアに出入りする品物や人をチェックする為に使用されることになります。
当時のヴェネツィアは世界で最も重要な貿易都市の一つとされ、非常に多くの交通量がありました。
それにより、様々な病気を防ぐためにこのポイントが設けられたとされています。
ナポレオンの統治下であった1805年になると島にあったサン・ヴィターレ教会が取り壊され、鐘楼は灯台に転用されました。
今でも島で最も目立つ建物として残っており、建築は12世紀に遡る歴史あるものになっています。
ここからは心霊スポットとして呼ばれる原因となった歴史を紹介していきます。
ペスト患者の収容施設が作られる
ポヴェリア島島が人や物のチェックポイントとして利用された後、1793年に2隻の船から数名のペスト患者が出ました。
それから島はペストの隔離収容施設として使われる事になります。
人口密度の高かったヴェネツィアでは病気の繁殖は瞬く間に広まります。
衛生法の厳しい規則により、ペストの症状があれば身分は関係なく直ぐに島に追放されました。
また、ペストで亡くなった人を乗せた船が来たときには犠牲者をポヴェリア島に遺棄されたようです。
これらはペストマスターと呼ばれる人が行なっていました。
ペストの発生がなかったときにも隔離収容施設として島は利用されました。
バクテリアやウイルスといったものは理解されていませんでしたが、病気の人を隔離するのが効果的である事が知られていたようです。
今では伝染病の広がりを防ぐために検疫所を設けて検査するのが普通ですが、「検疫」という言葉は元々この島から由来したものでした。
また、当時のペストは不治の病とされていました。
収容されていた人に当然治療などはありません。
次々と死に絶えている人々が現れ、まだ生きている人たちもその中を彷徨っていました。
通常、イメージされるような収容所とは異なる過酷な環境です。
無念の内に亡くなった人々は未だこの地を彷徨っているのでしょうか。
土壌50%以上は死者の灰(16万人分の人骨)
ペストは歴史上、複数回発生しています。
1576年の発生ではヴェネツィアだけで5万人が亡くなっています。
ペスト以外でも収容施設として利用されていた歴史もあり、推定16万人がこの島で亡くなったとされています。
後に多くの方が掘り起こされて発見されました。
亡くなった方は集団墓地を掘ってそこに投げ込み火を付けるという埋葬でした。
しかも死にかけている人や動いたり話したり出来ない人は死んだと見なされ、同じように投げ込まれたというのが多く見られたそうです。
それにより、この島の土壌の50%以上は焼け焦げた遺体からの灰で形成されているようです。
生きたまま焼かれるなど考えられないですね。
地元も漁師も先祖の骨が引き上げられると考えられて島には近づくのを恐れているそうです。
島が呪われているとも考えられ、航海の際にも迂回するほど。
こうした曰くによって心霊スポットと名高くなってしまったのだと思われます。
20世紀には精神病院が作られた
1814年に検疫所としての機能を終え、1922年に集団墓地の上に精神病院が建てられることになりました。
この精神病院も現代の物とはかけ離れたもので、46年間精神障害者を隠していたと言われています。
さらには現代の精神医学の基準で入院に適していると見なされないような人もいました。
現在でも島には病院や病棟という施設が残されています。
しかし、病院の情報は一切出てきません。
ただ病院があったというものばかり。
結局、詳細については分かりませんでした。
陸の孤島として閉ざされた島の情報はあまり表に出なかったのかもしれません。
または、表に出せない事情があったか。
こういったこともあり、様々な噂が生まれる結果になっています。
果たしてこの地にあった病院はどういうものだったのでしょうか。
墓地の上に建てられたということもあり、おかしな現象が起こっても不思議ではありません。
人体実験ロボトミー手術
精神病院が建てられてすぐに人体実験がされていたのではと噂されるようになりました。
中でもロボトミー手術についてよく語られます。
当時の精神医学はまだ発達していませんでした。
医師とスタッフは患者の病気の原因を探るためにあらゆる実験を行なったとされています。
その手段がロボトミー手術であったという事です。
ロボトミーとは精神障害に対して外科的な治療を行なったもので脳の神経回路を切り離すものでした。
しかし、この手術が治療法として用いられたのは主に1940年から1950年代にかけてです。
それ以前の時代に行なわれたものはまだ確立されていない実験のようなものです。
そういったものがこの島では行なわれたと言われるようになりました。
ロボトミーは現在、人道的な治療法ではないとしてほとんどの場合で認められていません。
現在は副作用や後遺症などの危険性を認められています。
しかし一度は治療と確立していたのも確かです。
まだまだ医療が発達していない時代に実験は行なわれていたのか明らかにはなっていません。
患者や医師たちの自殺
さらには医師や患者が自殺したという噂もされています。
精神病院では患者の自殺というのはよく聞く話です。
医師は何年にもわたる恐ろしい実験と拷問により精神的におかしくなってしまったと言われています。
故人の声が絶えず自分に向かって叫んでいるのを聞いていたと伝えられているようです。
そうして医師は時計塔から飛び降りてしまったようです。
この話も実際に起こったのかは不明です。
実際、精神科の医師は患者を自殺で失うことが多く、精神的苦痛を味わう事で転職したりするそうです。
さらには医師の自殺率は一般人の2倍もあります。
その中でもやはり精神科医は上位にくるそうです。
ここで勤務していた医師は実験によりおかしくなってしまったのでしょうか。
それとも、患者に対して親身に接して病んでしまったのでしょうか。
病院に関しての情報がないのもこれらが関係しているのかもしれません。
ポヴェリア島は立ち入り禁止区域に
46年経ち1968年になると、病院が閉鎖されました。
後年には老人ホームとして利用されたとも言われています。
そしてその後、ポヴェリア島は立ち入り禁止区域に指定されました。
一時、農地として貸し出されたこともありましたが結局放棄されました。
2014年にはイタリア政府がこの島を99年間貸与するためのオークションにかけると発表しました。
住民の反対もありましたがオークションは開催。
結果、落札されたもののあまりにも安すぎるとして島は売らないことになりました。
その額は513,000ユーロ、アパート1棟相当の金額だったそうです。
ヴェネツィアという有名地のそばにある島が何故それほどまでに安い値段になったのか。
やはり世界一とも言われる心霊スポットだからでしょうか。
現在もポヴェリア島では超常現象や幽霊目撃の噂も絶えない
世界で一番幽霊が出るというのは今も言われていることです。
- ペストで亡くなった人たちが彷徨っている。
- 精神病の患者も彷徨っているし、叫び声が聞こえる。
さらに自殺した医師の霊が島の鐘を鳴らしたりするそうです。
オカルトを取り扱う番組でも好んで取り上げられています。
とある番組で島に入った司会者は「幽霊に取り憑かれた」と主張しているようです。
多くの人が亡くなった地ですので仕方ないですね。
また、その歴史は余りにも酷く、無念の思いであったことが分かります。
16万人という数は早々にいなくなったりはしないのではないでしょうか。
ポヴェリア島を題材にした映画が存在している?
映画「シャッターアイランド」は2010年のアメリカ映画です。
レオナルド・ディカプリオ主演のサスペンス作品です。
精神を病んだ犯罪者を収容する孤島が舞台で謎のメッセージを残した女性が行方不明になります。
失踪事件を担当する事になった保安官が孤島の謎に迫るというものです。
孤島、精神病院、ロボトミー手術というポヴェリア島にかなり近い話になっています。
それによりポヴェリア島を題材にしていると取り上げられますが、、実は違ったようです。
この映画は同名の原作小説があります。
その作者によると、アメリカのマサチューセッツ州ボストンハーバーにあるロングアイランドがモデルであるそうです。
ポヴェリア島のような歴史はありませんが、幽霊が出るという噂があるようです。
そしてこちらも立入禁止区域になっています。
ペストが流行ったのもロボトミーが行なわれたのもポヴェリア島に限ったことではありません。
こういった場所が多くあるのも恐ろしいですが、そういった歴史があり今があるとも言えます。
まとめ
以上、ポヴェリア島についてでした。
悲しい歴史があり、未だに多くの人が眠っている地です。
一度は売られそうになりましたが島自体をお墓として残す方が良い気もします。
悲しい過去から学ばなければならないことは多くあります。
犠牲になった方のためにも今の良い暮らしを有難いと思うべきなのかもしれません。